【カンブリア宮殿】日本電産グループの製品がすごい!永守重信さんの生い立ち

こんにちは。もう少しで梅雨明けですね。ジメジメとおさらばだと思うと嬉しいです!

今日は、23日よる11時から放送されるカンブリア宮殿について調べてみますね。

日本経済を襲った未曾有の危機「コロナショック」。トヨタやソフトバンクなど、日本を代表する企業も、この危機に業績を悪化させています。

それでも、そんな状況の中でさえ、前向きに危機に立ち向かう経営者がいます。

それが、これまで50年に及ぶ経営者人生の中で、幾度ものピンチをチャンスに変えてきた伝説の経営者・日本電産の永守重信です。


永守重信さんとは?

「世界一になる!」こんな目標を掲げて、永守さんは仲間3人と日本電産を設立したのが1973 年のことだそうです。

事業の中心に据えたのは、学生時代から研究し 続けてきた精密小型モータでした。こうして、4人しかいない日本電産が誕生したのです。

当時の永守重信さんたちにあるのは「世界一」に挑戦する気概と気迫独自の発想と 技術力だけでした。物質的には「無」からの出発でしたが、世にない技術や 性能をもった製品を創ることができれば必ず道は拓ける、と信じていました。

オリジナリティーがあれば必ず成功するということはわかっていたんですね。

物凄い信念と、仲間の結束力があったのですね!素敵なお仲間がいて羨ましいです。

1979 年、当社が世界に先駆けて実用化したブラシレスDC モータによるハードディスクの直接駆動方式は、この技術がなければ、その後のコンピューター の小型化は実現しなかったと言われています。

こんなに早い時代に、そのような最先端の技術があったことに驚きます。

永守さんは、モーターで世界一を誇る日本電産を、たった一代で売り上げ1兆5000億円の会社に成長させた名うての経営者なんです。

「人の2倍働く」をモットーに日本電産を急成長させてきた人物です。実は、永守さんの率いる日本電産は、常にピンチをチャンスに変えてきました。

例えば、1990年代に起きた「バブル崩壊」のピンチでは、国内の赤字会社を積極的に買収。その赤字会社を永守流の改革で儲かる会社へと変貌させ、規模の拡大を実現させています。

そして、その後に訪れた「リーマンショック」のピンチでは、海外のM&Aを猛スピードで展開し、日本電産を売上高1兆5000億円、従業員12万人の企業に成長させてきたんです。

そして、今回のコロナショックでも永守は、ピンチの裏側にあるチャンスに目を向けて、次なる飛躍を虎視眈々と狙っていました。

誰もが口を揃えて「ピンチ」と口にする時代の中で、経営者に必要なものとは何なのでしょうか?

永守重信さんの生い立ち

1944年8月、京都市乙訓郡向日町(現・向日市)で生まれました。兄姉が5人の末っ子。

手のひらの生命線がまっすぐ伸びているのをみて、母たちが「大隈重信がそうだったと聞いた」と、重信の名を付けます。

実家は農家で請負小作が中心。母は、誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで働いて、蓄えで近隣の農地を買い増して、最後はかなりの地主となった。

M&A好きの血は、この母譲りであることは、間違いありません。

小学校4年の理科の授業で、模型のモーターを組み立てました。でき上がると、クラスで一番よく回り、しかも静かでした。珍しく、先生にほめられたのだそうです。

それから、モーターのことが頭から離れなくなります。工業高校の電気科、職業訓練大学校(現・職業能力開発総合大学校)の電気科と、進路もモーター分野をひと筋で進む。

就職も、モーターを手がける会社を選びました。

2つの会社で計6年働き、73年7月に独立を決意。前の会社で持った自社株が値上がりし、軍資金になりました。

だが、母が猛反対します。「京都では、お前がつぶれると、お前だけではすまん。親戚から何から全部が連鎖し、弁償せないかん。そんな状況をみるのは、かなわん」と言います。母は70歳に近づいていた。

「お前はまだ28歳やないか。そんな無謀なことは、やめとけ。私は、もうすぐ死ぬ。だから、死んでからやってくれ」。そうも説得されたんです。

了解を求めて必死に食い下がる永守に、母は最後に言った。「会社を起こすなら、人の倍働くか。倍働かないと、成功できんよ。人並みに働いて成功なんて絶対にない」。

「母は、世界で唯一人「怖い存在」で、その教えは大事にしている。でも、このときだけは、頷かない。母は94歳まで生きた。すぐ死ぬどころではない。亡くなったとき、自分は54歳。

言う通りにしていたら、「夢」は実現していない。どうしても創業すると答えたとき、母が言った。「やるなら、人の2倍働くか? 小作やった家が全部、自作農になれた。それは、私が人の倍働いたからだ。お前も、人の倍働くか?それやったら、成功できる」

「日本電産の社訓(「情熱・熱意・執念」「知的ハードワーク」「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」)も、すべてが母の教えからきている。母を抜きにしては語れない」。

物凄い努力家のお母さんだったんですね。この母にしてこの子ありです。

日本電産はどんなものを作る会社?

車載、ロボティクス、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの家電、物流・農業、IoT、電動車椅子などの医療・ヘルスケア、IT・OA・モバイル・精密加工部品、工程設備・検査装置、電気自動車、業務用空調、プールのポンプ、その他多数。

とにかく日常で使うものを網羅して作り出している!グローバルな会社なんです。

日本電産の未来への取り組みとは!

自動運転技術

先進運転支援技術をさらに高め、自動運転の実現に挑む

都市部への人口集中や高齢化が進む中、交通事故削減や渋滞緩和、環境負荷低減は、自動車産業のみならず社会全体が目指すべき目標です。

そうした目標のマイルストーンとして、ADAS(先進運転支援システム)というアプリケーションが登場し、ADASを構成するさまざまな機能が普及しています。このADASの延長線上にあるのが、自動運転です。

現在の車載システムによる運転支援から徐々にドライバの関与を減らし、運転支援機能を複合的に組み立てることで、完全な自動運転を目指そうというものです。

日本電産グループは、グループ各社が持てるアセットを統合し、ADASからより高度な自動運転への飛躍の鍵となるセンシングデバイスや認識アルゴリズムの高度化などに取り組んでいます。

自動運転の実現にはいくつかのハードルが存在します。まず、走行軌跡をセンシングにより構築し、走るコースを決定しなければなりません。

そのためには、道路の白線・縁石やフリーゾーン検知だけでなく、地図データによるコース構築が必要です。地図データ利用に際してGPSの精度がまだ十分ではないため、周辺のランドマークから位置推定・環境認識を行うSLAM技術を利用します。

走行軌跡を決定後、走行を始めますが、走行の妨げとなる障害物の検知を行い、回避あるいは停止の判断を行わなければなりません。

さらに、必要に応じて車線変更や合流・割り込みも行う必要もあり、カーブや上り下り、渋滞など道路状況に合わせて速度調整、ステアリング調整をスムーズに行う必要もあります。

自動運転に至るハードルは、ハードウエア、ソフトウエア、交通インフラとの連携などさまざまなものがありますが、日本電産グループはセンサ、モータ、制御システムなどのアセットを活用した車両制御技術の高度化によって、自動運転の実現に向けた研究と開発をさらに加速していきます。

サービスロボット

サービスロボット分野にフォーカスした供給体制を整える。

ロボットといえば、従来は工場で溶接・塗装・組立・搬送などを行う産業用ロボットを主に指していましたが、近年、掃除・警備・受付など生活のさまざまなシーンでサポートを行うサービスロボットが登場しています。

少子高齢化や人口減少などの要因によって不足する働き手を補うサービスロボットは、今後大幅に増えていくと予想されており、2020年にはグローバルで4.1兆円(特許庁発表)、2030年には日本だけでも3.6兆円(NEDO発表)の市場規模に到達するといわれています。

従来の産業用ロボットが工場という限られた場所・シチュエーションで使用されるのに比べ、サービスロボットは人が暮らす生活の場で、しかもさまざまなシチュエーションで使用されるため、安全性の確保や多様な状況への対応、人とのコミュニケーションなど、産業用ロボットに比べて多くの課題をクリアしなければならず、より高度な技術を必要とします。

日本電産グループはサービスロボット分野において、サービスロボットを構成するパーツ・モジュール・ユニットを開発・製造する技術を数多く保有しています。

低消費電力、小型・軽量、高制御性、長寿命、静音などサービスロボット用途に最適な特徴を持つブラシレスDCモータを中心にあらゆるモータをラインナップするだけでなく、ギア・センサ・ドライバ・制御装置を取り揃え、パーツ単位・モジュール単位・ユニット単位での提供を行う体制が整っています。

また、これらパーツ・モジュール・ユニットを要求仕様に応じて提供するだけでなく、開発パートナーとしてソリューション提案を行うことも可能。サービスロボット分野における新規参入や既存メーカーがラインナップ拡大を容易に行うためのサポート体制も整えています。

IoT(Internet of Things)

すべてのものがインターネットにつながるビッグデータ時代の到来
社会インフラを構成する「産業の米」モータによって、世の中を豊かにしていく

従来、インターネットに接続されていたのはパソコンやタブレットなど人が入力するデバイスが主なものでした。

しかし、テクノロジーの進化によりマイクロプロセッサや通信モジュールのコストダウンが進み、これまでインターネットに接続されていなかった「モノ」がインターネットに接続され、情報をやり取りするようになっています。

この場合のモノは、例えば、工場内の製造設備、家庭内の家電、自動車や街角の自動販売機であり、これらがネットワークに情報をアップし、人手を介することなくmachine to machineで自動的に稼働状況報告、アラート発報、補充要請や発注を行うようになりました。

これらのモノから発せられる情報はmachine to machineでリアルタイムに処理されるだけでなく、ビッグデータとして蓄積され、蓄積されたビッグデータを解析することによって運用計画、生産計画、設計や製品開発にフィードバックされるようになっています。

その際、工場内の製造設備をはじめ、家電など、ありとあらゆるところに使用され21世紀の産業の米に例えられるモータは、アクチェエータのみならずセンサとしてデータを送り出すデバイス、ビッグデータを生み出すデバイスとしてIoT時代の「モノ」の代表として大きな役割を担うことになります。

あらゆるモノがインターネットに接続されるという状況を製造現場に取り入れ、生産性向上、多品種少量生産への柔軟な対応に活用しようという動きは世界各国で進められていますが、中でもドイツでは官民が一体となって「インダストリー4.0」と呼ばれる産業改革プロジェクトが実施されています。

インダストリー4.0が最終的に目指すのは、工場内の製造設備だけでなく販売店と工場、流通経路などサプライチェーンすべてがネットワークに接続され、自律・自動で製品が製造されるスマートな仕組みを構築することで多品種少量生産、あるいは一品一様のオーダーメイドを大量生産と同じレベルのコストで製造するマスカスタマイゼーションです。

このようにハードウエアとITを統合することによって、製造工場や社会インフラのパフォーマンスを飛躍的に高めようというインダストリー4.0と同様の動きは、ドイツのみならず世界各国で進められています。

日本電産グループは、モータ、モータをコアにしたモジュールやユニット、ロボットなどの製造装置や検査装置などを世界中のありとあらゆる場所に供給しています。

このようなハードウエアの豊富なリソースをベースとし、そこにビッグデータ解析などのソフトウエアを重ね合わせ、IoTを活用する計画の立案と実行を積極的に進めていくそうです。

あとがき

永守さんは「自分のやっていることに惚れ込むことが運気を呼び込む」とおっしゃっています!

そのとおりで、一所懸命な人にはまわりが応援したくなることって、多いですよね!

この会社について、知ることが出来てよかったです。日本やるな!と、なんか元気が湧いてきてしまいました。

この会社について調べていくうちに、このままではわたしのお仕事がどんどん無くならないといいな・・とおもいました。

1970年代から、ブラシレスDC モータによるハードディスクの直接駆動方式という技術をもっていらした。時代の最先端ですよね。

もう、発想が普通の人間とは違いすぎます。

モーターの音を聞いただけで、モーターの回転数を理解してしまうという精密機械屋さんも技術者としてスゴイです。

でも、それ以上に新しいものを考えつくというヒラメキが凡人ではありません!

機械に変えられないスキルや知恵があれば、良いんですが。それに、メンタルも明るく前向きでないと、機械に太刀打ちできませんよね!

とりあえず、だんだんススムボケを食い止める努力をします。天然ボケのほうは、もう仕方ありませんが・・・。

とりあえず、永守さんの「母の教え」という本を読んでみます。

最後まで読んでいただき有難うございました。


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